親切にしたいと思っても行動がともなわないやるせなさ

職場の近くでよく見かける、盲目の初老男性。目の見えない方がつく、赤と白の細い杖をついています。いつも酔っぱらっているのか、少し障害のある方なのかはわかりませんが、歩きながら何やら叫んでいることが多いため、少し怖い印象もありました。その方が先日の夜遅くに、細い路地のど真ん中をわめきながら歩いていました。後ろからタクシーが来ていて、タクシーは徐行してクラクションも鳴らさなかったので、前を歩く盲目の男性は車が来ていることに気付きません。クラクションを鳴らさないのはタクシーのドライバーさんの優しさでしょう。道行く人は皆、その光景を気にしながらも何も出来ず、振り返りながら通りすぎていました。私もどうしようとしばらく考え、歩く脚を止めました。そこで男性の腕をつかんで、危ないですよ、車がうしろに来ていますよ、と道の端に寄せてあげればいいのですが、私もしぱらく例のごとく何も出来ずに見て見ぬふりをし、過ぎ去ってしまいました。その後は悶々とする気持ちが止みませんでした。なぜしなかったのか、できないことではなかったはずなのに、どうにかなるだろうと良いように考え逃げてしまいました。相手が怖い人だったから?それは言い訳だと思うのです。行動を起こさなかった自分に自己嫌悪、次に同じシチュエーションに出会ったときは、相手がどのような方であれ、声をかけてあげる勇気と優しさを持ちたいと思います。

先のボディ見立てでいつもながら困ってしまった申し立て

この間、オフィスの頑強診療で血医療があったのですがあたいはナースさん泣かせの血管をしているので血管を探すのにまったく時間がかかります。今まで何度か血を取る機会がありましたが、一発で粛々と針をさせたヒトはいません。大抵は左腕をみて、「ごめんね、右手も見せてくれるかな」と言われます。それから、表皮をこすってあっ蓄えるナースさんがほとんどです。もうこのタスクにも大いに慣れたので、とっても思いませんが今回のナースさんは通常だったのか、ベテランのヒトを呼ばれるしまつでした。そのベテランのかたも、これは難しいと苦戦していたので思わず負い目になってしまいました。オフィスのヒトには笑われるし恥ずかしかっただ。多分この先も何度か、注射を始めるきかいがあるとおもいます。以前、一発で楽に注射をするようなナースさんに巡り合ってみたいと思います。仮に巡り逢えたら、その人に今までのことを話して褒めたたえたいなと思います。